大聖人様との
かかわり |
大聖人様が御在世の時、鎌倉から京都に向われる途中
現在の愛知県七宝町「裾衣(つまご)橋」(佐屋川の橋)にて
真言宗密勝寺という大伽藍の住職が、この橋のたもとで待ちうけ
呼び留めて 大聖人様に法論(問答)を申し込んだが、みごとに破折され
屈服した由来の場所であり、「大聖人様の七文字よりいでたるは七宝なり」
|
| 七宝焼の歴史 |
古く、紀元前古代エジプトで作られ、その後中国、朝鮮を経て
8世紀頃はじめて日本に伝わりました。
奈良朝時代に正倉院御物金銀七宝十二稜鏡が残されていますが、
近代七宝は天保年間(1830年頃)に、尾張国海東郡正治村(今の
名古屋市中川区富田町)の梶常吉より、林庄五郎(今の愛知県
海部郡七宝町遠島出身)に伝えられ、釉薬技術等幾多の研究が
重ねられた後、愛知県七宝町の地に世界の名産七宝焼の
繁栄の基礎が築かれました。 |
| 七宝焼の素材 |
金属の胎(主に銅版)にガラス質の釉薬を高温で焼き付けた工芸品です。 |
有線七宝焼
について |
七宝焼は、一般的な分類方法として銀線(リボン状)の使用の有無により
有線七宝(模様の輪郭部等に銀線を使用し模様がはっきりし高価で
貴賓があるもの)です。製作には1ヶ月以上掛かります。
無線七宝(銀線を使用していないもの)とに分けられます |
七宝の名称に
ついて |
名称はその美しさから仏典にいう七宝(金・銀・瑠璃・シャコ・瑪瑙・真珠
・マイエ)等の貴品の如くであるという処から起こったものです。 |